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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)2417号 判決 1974年5月23日

原告

古木繁男こと李景雨

ほか一名

被告

京阪電気鉄道株式会社

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告李に対し六、〇九六、五八七円、原告古木富枝に対し五、八五七、五〇〇円および原告李については内五、六四六、五八七円、原告古木富枝については五、四〇七、五〇〇円に対する昭和四六年六月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四四年五月三一日午前五時三九分頃

2  場所 大津市御殿浜五番一七号京阪電鉄石坂線粟津二号踏切(以下、本件踏切という。)上り線上

3  加害電車 京阪第五八二列車(二両連絡車)

右運転者 西谷旨弘(以下、単に西谷という。)

4  被害者 亡古木義明(以下、亡義明という。)

5  態様 亡義明運転の原動機付自転車(大津市い九六〇号、以下被害車という。)が本件踏切を通過するに際し、加害電車の前面左角に接触してはね飛ばされ、亡義明は加害電車の下方に転落し、そのまゝ約五〇米ひきずられ頭蓋骨骨折の傷害を受け即死した。

二  責任原因

1  使用者責任(民法七一五条)

被告は電車による旅客運送を業とし、同業務のため西谷を電車の運転士として使用し、同人は加害電車を運転して業務に従事中、本件踏切を通過するに際し警笛の吹鳴および前方注視を怠つた過失により本件事故を発生させた。

2  土地の工作物の瑕疵による責任(民法七一七条)

(一) 京阪電鉄石坂線は被告の経営路線であり、土地の工作物たる本件踏切を含む電車の軌道敷設は被告の所有で、被告が占有管理している。

(二) 本件踏切には次の設置、保存の瑕疵があり、そのために本件事故が発生した。

(1) 保安施設不設置の瑕疵

本件踏切は踏切道の幅員一・五米、長さ七・七米で通行人の数も多く、以前に事故が発生したこともあり、踏切の北東角には人家の土塀があるため東方より本件踏切を横断する者から北方への見とおしは非常に悪く、軌道敷内に殆んど入り込む位置に立たないと南進してくる上り電車を確認できず、しかも踏切入口付近の軌道敷内に立札がたてられ、これもまた北方の見とおしを妨げている。また東の軌道敷入口両側に軌道に平行および直角のくの字型に鋼鉄製の柵(虎柵と称する。)が設置されていて、軌道に直角部分の間隔はわずか一米余りしかないため、同部分の存在により、特に被害車のような原動機付自転車の通行の際の行動の自由が著しく制限され、前記土塀の西端より軌条までもわずか二米五〇糎くらいしかないため電車の車両幅を考慮すると原動機付自転車による通行の安全範囲は前後左右とも極めて制限されている。そのうえ、本件踏切の南方に粟津踏切、北方に宮町踏切があり、いずれも警報機が設置されているが粟津踏切の警報音(以下、粟津音という。)は宮町踏切の警報音(以下、宮町音という。)より音量がはるかに大きく、宮町方向は人家のため音が遮断されるうえ上り電車が宮町踏切を通過すると同時に宮町音は鳴り止む等の事情があるため、東方より本件踏切を横断する者にとつて粟津音は良く聞こえるが、宮町音は殆んど聞きとれない状況にある。そのため、東方よりの横断者は粟津方向だけを見て横断可能との誤つた判断をする危険性が常にある。(特に上下の電車が現場付近で離合する場合危険性が大きい。)

従つて、本件踏切は通行上(被害車のような原動機付自転車にとつては特に)極めて危険な踏切であるから、警報機、遮断機等の保安施設が当然必要とされるところ本件踏切には何らの保安施設も設置されていなかつた。(地方鉄道建設規程二一条三項には「交通頻繁にして展望不良なる踏切道には門扉其の他相当の保安設備を為さなければならない。」旨規定されており、本件踏切はまさに右の場合に該当する。)そして、右保安施設を欠いた本件踏切は設置又は保存の瑕疵があるというべきで、亡義明はこの瑕疵のため上り電車である加害電車の発見が遅れ本件事故が発生した。

(2) 虎柵設置の瑕疵

本件踏切には前記のとおり虎柵が設置され特に原動機付自転車の通行上支障となつているが、亡義明は被害車もろともはね飛ばされ、踏切東端南側の虎柵に激突し、その反動で身体が一回転した後加害電車の下方に転落したもので、この虎柵の存在によつて単にはね飛ばされた場合より被害が増大した。

従つて、虎柵の設置がないか、又は電車にはね飛ばされても衝突しないような位置もしくは形状で虎柵が設置されておれば、亡義明が死亡することはなかつたものであるから、虎柵の設置に瑕疵があつたというべきである。

(3) 段差の存在による瑕疵

本件踏切の軌道敷と道路の境に約一〇糎の段差があり、軌道敷が一段高くなつていたため、亡義明は加害電車の接近を確認し、通行可能と判断して加速しつつ踏切に進入した際、右段差のため後輪がとられたか、あるいは更にエンジンに変調を来して前進が不能となり、そのうえ入口両側の狭い虎柵のため、行動の自由を妨げられ本件事故が発生した。(関係証拠によれば、亡義明の進路上の東側線路外軌より約二・一米手前の地点から長さ七〇糎にわたり被害車のスリツプ痕があるところ、西谷が亡義明を発見後衝突まで時速約四五粁で一五・二米ないし一六・七米進行しているのにその間亡義明はわずか二・一米しか進行していないことが明らかで、以上を総合的に考察すれば、亡義明は踏切手前で徐行ないしは一旦停止後徐行程度で進行し、加速して踏切を通過しようとしたが段差により前進を阻止されたものと容易に推認できる。)

従つて通行上危険な段差の存在により本件踏切は設置又は保存に瑕疵があるというべきである。(ちなみに、軌道建設規程二〇条一項は「踏切道は軌条間の全部及其の左右各六一〇粍に木石其の他適当な材料を敷き軌条面と道路面と高低なからしむべし。」と規定し、軌条面と道路面に高低があつてはならない旨定めている。)

三  損害

1  亡義明の損害と相続

(一) 逸失利益

亡義明は事故当時一七才で高校二年に在学中であり、昭和四六年三月卒業と同時にいずれかへ就職し、平均賃金以上の収入を得られることは確実であつた。従つて、昭和四六年四月一日以降四五年間、年六〇〇、〇〇〇円を下らない収入を得ることは確実で、生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、ホフマン式計算方法により中間利息を控除して逸失利益の事故当時の現価を求めると五、八一五、〇〇〇円となる。

(二) 相続

原告らは亡義明の父母で相続人のすべてであるので、亡義明の損害賠償請求権を各二分一宛相続した。

2  葬儀費用(原告李負担)

二三九、〇八七円

3  慰藉料

原告ら各二、五〇〇、〇〇〇円

4  弁護士費用

原告ら各四五〇、〇〇〇円

四  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三請求原因に対する認否

一  請求原因一の1ないし4は認める。同5は争う。

二  請求原因二の1のうち西谷の過失を争い、その余は認める。

三  同二の2のうち(一)および本件踏切に警報機、遮断機の設置されていなかつたこと、虎柵が設置されていることを認め、その余は争う。

四  同三は争う。

第四被告の主張

一  西谷の過失について

1  本件踏切は幅員一・三米、長さ六米で、東側は幅員一・八米、西側は幅員一・六米の市道に通じる第四種踏切で通行人はごく少い。北方一〇〇米に宮町踏切、南方一三〇米に粟津踏切があり、いずれも第一種甲の踏切で、宮町音は電車が本件踏切北方の瓦ケ浜駅ホーム中央にさしかかつて八秒後から宮町踏切通過まで、粟津音は南方の粟津駅手前一〇〇米の地点にさしかかつて八秒後から粟津踏切通過まで鳴動し続け、その音は本件踏切を横断する者の注意をひくに十分である。

2  専用軌道を使用する高速度交通機関の電車の運転士は踏切の手前といえども一般に減速あるいは停止すべき注意義務はなく、右のごとき本件踏切の現況においては、前方注視、警笛吹鳴の義務を尽せば足りるものというべきところ、西谷は加害電車を運転し、宮町踏切通過後警笛標識に従つて本件踏切に対する警笛吹鳴を行いつつ、絶えず前方を注視しながら時速四五粁で進行し、本件踏切の北約一五米にさしかかつたが、突然、被害者が民家の影から飛び出し、一たん停止することなく本件踏切に突入してきたので、発見と同時に短急警笛を吹鳴し、急停止の措置をとつたが及ばず本件事故に至つたもので、電車の制動距離(時速四五粁の場合約七〇米)からして西谷において被害者を発見した時点において事故を回避することは不可能であつたから、本件事故は亡義明の一方的過失によるもので西谷に過失はない。

二  本件踏切の瑕疵について

1  踏切には一種から四種までの種類があり、これは運輸省の踏切設置基準に基いて、毎年一回ないし二回踏切の列車通過回数と交通量を調査して認定するものであるが、本件踏切についても毎年調査を実施し、昭和四三年一一月の調査の結果でも警報機等の保安設備の設置を要しない第四種踏切と認定されている。

2  虎柵を設置した目的は、踏切の場所を明示し、電車通過待ちの位置を示すもので、同位置で停止すれば東方よりの横断者から北方約一八五米の電車を十分確認できる。従つて、虎柵の存在は踏切の横断者の安全に資すことはあつても危険になることはない。

3  以上に、前記宮町、粟津各踏切の警報音の状況に照らせば、被告において本件踏切に警報機等の保安設備を設置すべき義務なきことは勿論、右設備がなくても本件踏切は通行上危険とはいえないから、本件踏切の設置又は保存に瑕疵があるとはいえない。

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は当事者間に争いがない。(5の態様は後記第二の一2認定のとおりである。)

第二責任原因

一  使用者責任

1  請求原因二の1の事実は西谷の過失を除いて当事者間に争いがない。

2  西谷の過失に対する判断

〔証拠略〕を総合すれば次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は浜大津、石山寺間に通ずる上下複線(浜大津方向が下り、石山寺方向が上り)の京阪電鉄石坂線に設置されている本件踏切の上り軌道上である。現場より北(下り方向)七四・五米に粟津三号踏切、同一〇〇米に宮町踏切、同三〇〇米に瓦ケ浜駅が、南(上り方向)一三〇米に粟津踏切、同一四五米に粟津駅があり、瓦ケ浜駅より粟津駅にむかつて宮町踏切の手前(北)約三八・五米付近までゆるく右にカーブしている以外両駅間の軌道はほゞ南北に直線である。また、現場の北八二・三米の軌道敷東端に汽笛吹鳴標識(上り電車に対し本件踏切にむけて汽笛を吹鳴すべく措示している標識)、北四五・三米の軌道敷東端に「オフ位置」と称する惰力走行標識(モーターへの電源を切つて惰力で走行すべく従示している標識)が、いずれも同所に設置された電柱に添装されている。本件踏切および粟津三号踏切は後記通達の定める第四種踏切に指定され、無人で警報機、遮断機の設備もないが(本件踏切に右設備のないことは当事者間に争いがない。)、宮町踏切、粟津踏切は右同第一種甲の踏切で、いずれも警報機、遮断機が設置されている。現場付近から粟津音は良く聞こえるが、宮町音は電車の進行音と警笛のため殆んど聞きとれない。

本件踏切の踏切道の幅員は約一・三米、東側線路外軌より西側線路外軌まで四・五五米で、外軌両側に東側で二・二五米ないし一・八米、西側で一・三五米の線路外軌道敷部分があり、同所に電柱などが設置され、踏切東側は通行に供されている部分の幅員一・八米、西側は同幅員一米の非舗装の市道(農道のひらけた地道)に通じ(なお、以下市道というときは東側市道のみを指す。)、東、西側とも踏切入口の両側(南、北側)に黄色く塗られた(現在は黄と黒のしま模様)鋼鉄製のいわゆる虎柵が設置されている。東側入口の虎柵は踏切道両側の線上に間隔約一・三米で南北に相対して設置されており、南、北虎柵とも、東側線路外軌より八七糎東の地点から東へ向つて設けられ、北側虎柵は東へ約八七糎、ついで北へ軌道と平行に一・〇七米、南側虎柵は東へ一・二米、ついで南へ軌道と平行に一・四米の、各L字型の形状を有し、高さはいずれも九〇糎である。この虎柵のため、本件踏切は歩行者と二輪車を除き、他の車輪は物理的に通行できないようになつている。

本件踏切東側の南側線路外敷地部分に南側虎柵よりやや離れて北向きに線路内通行禁止標識がたてられ、右敷地部分の東側(市道の南側)は畑地で、市道との境に有刺鉄線の柵が設けられている。

本件踏切東側の北側線路外敷地部分(東端)の踏切道中央部より二・五五米の地点に南側同様線路内通行禁止標識が南向きにたてられ、また北側虎柵の道路側部分に近接して東向きに踏切注意標識がたてられており、右敷地部分の東側(市道の北側)は民家が並んでいて、軌道敷および市道との境は幅六〇ないし六五糎の側溝となつており、側溝の西側端部は北側虎柵の軌道と平行な部分にほゞ接し、側溝や北側虎柵のある付近は道路より一段低くなつている。

市道は踏切にむかつてゆるい上り勾配で、踏切の手前から虎柵の西端付近(東側線路外軌より八七糎東の地点)まず約二米の間は勾配がやや急となつている。事故当時右西端の地点では踏切道の敷石部分が道路面より高くなつていて、その間に一〇糎の段差が存していた(現在は踏切入口部分がアスフアルト舗装され段差はなくなつている。)

本件踏切を東から西へ向つて通行しようとする者が、市道より踏切にむかつて進む場合、南側は畑地で障害物はなく見とおしは極めて良好であり、北側は民家が存するものの、東側線路外軌より二・四八米東の市道中央部の地点(北側虎柵より約七〇糎、南側虎柵より約三〇糎東の地点となる。)まで来ると、北側の民家にさえぎられることなく完全に北方を見とおすことができ、従つて同地点より西側においては民家は見とおしの障害とならず、ただ、東側線路外軌より一・六五米東の地点から一・三五米東の地点まで三〇糎の間だけは前記北側の線路内通行禁止標識により北方の見とおしに難があるが、右以外は北方の見とおしも良好で、前記宮町踏切手前カーブ付近まで十分見とおすこと(従つて少くとも一〇〇米は見とおせる。)ができる。本件踏切は前記のとおり幅員が約一・三米にすぎない狭い踏切であり、主として歩行者の通るいわば裏道であるため、平素から交通量の少ないところであるが(詳細は後記認定のとおりである。)、事故当時は早朝で人や車の通行は極めて稀であつた。

(二) 西谷は、事故当日、午前五時二二分錦織発石山寺行の加害車を運転し、瓦ケ浜駅を経て粟津駅にむかい、運転慣行に従い前記宮町踏切手前のカーブ付近までは時速三五粁で、道路部分に入つてからは時速四五粁に加速して進行し、前記汽笛吹鳴標識、惰力走行標識の指示により、長一声の汽笛(長く一秒半位継続して一回吹鳴する汽笛)を吹鳴し、続いて惰力走行に切り換えて本件踏切を通過すべくほぼ右同速度で進行中、左前方一六・七米の地点(東側線路外軌より約二・一米東の市道中央部の地点)に亡義明が被害車を運転して本件踏切に進入してくるのを発見し、直ちに短急汽笛吹鳴(短い間隔で汽笛を何回も吹鳴する汽笛)を行うと同時に非常制動の措置を講じたが間に合わず、発見地点より一五・七米進行した本件踏切中央部の東側線路外軌付近において(なお、その間被害車は二・一米進行している。)加害電車の左前角(排障器付近)を被害車前輪に衝突させ、被害車をはね飛ばして横転させたうえ亡義明を加害電車一両目の後部車輪の間に巻き込み、そのまま亡義明をひきずつて約五一・七米軌道上を進行して停止した。なお、時速四五粁の電車の制動距離は約七〇米である。

(三) 亡義明は被害車を利用して新聞配達のアルバイトをしていたものであり、事故当日も午前四時頃自宅を出、被害車を運転して新聞配達に従事し、市道より本件踏切に差しかかつたのであるが、踏切を通過するのに際し、その手前で一旦停止せず、右方(北方)の安全を確認することなく踏切内に進入したため、折から進行して来た加害電車に前記のとおり衝突され即死した。なお、東側線路外軌より二・一米東の地点から西へまつすぐに七〇糎、被害車のタイヤによる擦過痕が残つていた。

以上の事実が認められ、証人西谷旨弘の証言中には被害車の発見地点に関し右認定と異なる部分があるが〔証拠略〕と対比すると右証言部分は同人の記憶違いと認められるので措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実を基礎に西谷の過失の有無を判断するに、一般に専用軌道を走行する電車の運転者は、軌道上を高速度で定時間内に走行すべく義務づけられているのであるから、規則その他によつて定められた運転方法を順守して運転すれば、特段の事情がない限り運転上の注意義務を尽したものというべきであり、このことは踏切通過の場合であつても格別の異同はないものと考えられるところ、右認定事実によれば、西谷は標識等の指示に従い、本件踏切の手前約八〇米の地点で汽笛を吹鳴し、続いて惰力走行に切りかえて運転していること、西谷が前方注視を怠つた形跡はないこと、加害電車の制動距離からして西谷が亡義明を発見してから運転上の操作によつて本件事故を回避することは不可能であり、また、亡義明をより以前に発見することも不可能であつた(西谷が亡義明を発見した際亡義明は東側線路外軌より約二・一米東の地点にいたものであるから、市道より北方を見とおせる初めての位置が右外軌より二・四八東の地点であることと対比すると―いいかえれば電車の運転者は踏切通行者が右地点に来たときに初めて発見し得ることになる。―西谷は亡義明が視界に入るのとほぼ同時位に同人を発見したと認められる。)ことが認められ、かつ本件踏切の交通量、見とおしの状況等に照らすとき、未だ運転者に対し現場踏切通過に際し減速・徐行等の注意義務を課すべき特段の事情があるとは認められないので、結局西谷には本件事故発生につき運転上の注意義務違反は認められず過失はないというべきである。

従つて西谷の過失を前提とする原告らの本訴請求はその余の判断をするまでもなく理由がない。

二  土地の工作物の瑕疵による責任

1  請求原因二の2(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  本件踏切の設置、保存の瑕疵

(一) 保安施設不設置の瑕疵について

本件踏切が後記通達の定める第四種踏切に指定され、無人で警報機、遮断機(以下、警報機、遮断機を意味する用語として保安設備という。)が設置されていない踏切であることは前記認定のとおりであり(ただし、右設備のないことは当事者間に争いがない。)、〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 被告会社の経営路線は軌道法により設置された鉄道で、踏切の保安については軌道建設規程、地方鉄道建設規程が適用され、これら規程にはほぼ同趣旨で、交通頻繁で展望不良な踏切道には門扉その他相当の保安設備を設置すべき旨規程され、これを受けて運輸省鉄道監督局長通達(昭和二九年四月二七日鉄監第三八四号、同号の二)は道路交通量、列車回数、見とおし距離、事故歴等を考慮し、踏切を第一種甲、乙ないし第四種に分類し、第一ないし第三種の踏切について保安設備を設置すべきものとし、具体的には見とおし距離が五〇米以上(通達による見とおし距離とは踏切道における最縁端軌道の中心線と道路の中心線との交点から軌道の外方道路の中心線五米の地点において一・三米の高さにおいて見とおすことのできる軌道の中心線上当該交点からの長さをいう。)の場合は車両等の道路交通量二、〇〇〇以上、列車回数四〇〇以上(この場合の道路交通量、列車回数とは実際の交通量、列車回数に所定の換算率を乗じて合計したものである。)、五〇米未満の場合は道路交通量一、八〇〇以上、列車回数四〇〇以上の踏切について保安設備(第三種の場合警報機だけ)を設備することと定め、また、昭和三六年立法された踏切道路改良促進法に基き踏切道の保安設備の整備に関する運輸省令(昭和三六年一二月二五日同令第六四号)が定められ、右省令は最高速度が毎時六五粁以上で長さが一五〇米以上の列車を定期に運転する甲種線区とそれ以外の乙種線区に分け、これらを見とおし距離五〇米以上と未満(省令の場合は高さ一・二米の位置において見とおせる距離をいう。その他は通達に同じ。)の場合に所定の換算率を乗じて得られる交通量、鉄道量に応じて保安設備を設置すべき場合を定める他、更に三年間で三回以上の事故発生、又は一年間で二回以上の事故が発生し、かつ保安設備の設置により事故防止に効果のある場合、複線以上の区間にあるもので保安設備の設置によつて事故防止に効果のある場合、付近に幼稚園又は小学校のあることその他の特殊の事情により危険性が大きいと認められる場合にも、保安設備を設備すべきものと定めており、本件事故当時踏切の保安基準については右通達、法令の適用を受けていた。

(2) 本件踏切の前記通達の基準よりする見とおし距離は、東方より南側一〇〇米、北側一〇米であり(従つて、省令の基準ではこの数値以下になることは明らかで、いずれにしても見とおし距離五〇米未満の場合に該当する。)また事故当時に近接する昭和四四年五月一二日の調査によれば本件踏切における午前七時から午後七時までの道路交通の実数は歩行者二四六、足踏式自転車一九、軽車両(乳母車等)五、原動機付自転車等の二輪車一一で、これに所定の換算率を乗じると歩行者二四六(換算率一、以下同じ。)、足踏式自転車三八(二)、軽車両二〇(四)、原動機付自転車等八八(八)となりその合計は三九二で、これを一日あたりの道路交通量に換算しても四七〇(当時の行政指導により右時間帯の道路交通量を一・二倍して一日あたりの道路交通量としていた。)に過ぎず、一日あたりの列車回数は二二二(換算率一)で、道路交通量は午前七時から九時までと午後五時から七時までが一番多く、列車回数は午前七時前と午後一〇時以後は少く、それ以外は一時間平均して一二台位で(午前七時から九時までは一九台)、踏切通過の列車の最高速度は時速四二粁で最大列車は二九八米であつた。なお、本件踏切において本件事故前に人身事故がおこつたことはなかつた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件踏切は前記通達、省令の定める見とおし距離五〇米未満の踏切ということになるが、通達の前記基準よりすれば保安設備を設置すべき場合よりはるかに少い道路交通量、列車回数であり(すなわち第四種踏切に該当する。)、省令によれば、本件踏切は乙種線区にあり、同線区の場合見とおし距離五〇米未満で列車回数(同令によれば鉄道交通量)が二〇〇以上三〇〇米未満のときは道路交通量が二、五〇〇以上のときに保安設備を設置すべきものとされているから、右基準によつても本件踏切は保安設備を設置すべき場合にあたらず、また、本件踏切の事故歴、前記認定の本件踏切の付近の状況(特に見とおしの良否、家屋の状況)によれば、本件踏切の周辺は特に危険と認められる状況はないと認められるから前記省令の他の基準によつても踏切に保安設備を設置すべき場合には該当しないというべきである。(本件事故後に制定された踏切の保安基準に関する法令等によれば、本件踏切は統廃合の対象となつていることが明らかである。)

従つて、本件踏切は事故当時の通達、省令の保安基準による限り保安設備の設置を要しない踏切であるが、右基準に反しないからといつて直ちに保安設備あるいはその他の保安施設の設置を要しないといえるものではなく、更に本件踏切の見とおし等を具体的に勘案して列車の運行の確保と道路交通の安全の見地から右の要否を検討することが必要である。

そこで前記認定の事実に基いて検討するに、本件踏切の東方よりの見とおしについては、南側は良好で、北側は民家があるとはいえ、踏切手前二・四八米の地点までいたれば十分北方(少くとも一〇〇米)をも見とおすことができ、東方より踏切を横断する場合、右踏切手前二・四八米の地点において、踏切横断の際の通常の注意義務である一旦停止と左右の安全確認を尽くせば、電車の汽笛と相まつて十分上下の電車の接近を知り得るものと認められるから、本件踏切を通行しようとする者が通常の注意義務を尽くす限り本件踏切は格別危険とはいえず、かつ本件踏切で幅員も狭く、主として歩行者が利用し、歩行者以外の車両(二輪車、乳母車等の軽車両)の通行は稀といつてよく、周辺は畑地および民家で格別危険な状況も存しないこと、および前記保安設備設置基準に達しない踏切であることに照らせば、本件踏切につき警報機、遮断機等の保安設備が設置されていなかつたことを以て、踏切としての通常の安全性を欠如していたものとは認められない。

従つて、本件踏切に保安設備あるいはその他の保安施設の設置されていないことをもつて本踏切に瑕疵ありとする原告らの主張は理由がない。

なお、原告らは粟津音が宮町音より良く聞こえることをもつて本件踏切が危険である旨主張し、右警報音の状況については前認定のとおり原告主張どおりであるが、右に述べたとおり踏切手前で左右を確認する限り十分電車の接近を知り得る以上右の故をもつて本件踏切が通行上危険とはいえない。

(二) 虎柵設置の瑕疵

虎柵が本件踏切に設置されていることは当事者間に争いがなく、その形状等は前記認定のとおりであるが、更に進んで亡義明が虎柵に激突した結果被害が増大した旨の原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。従つて、仮に虎柵の設置に瑕疵ありとするも因果関係についての証明なきに帰するから原告らの右主張は理由がない。

なお、原告らは、虎柵の存在(特に軌道に直角な踏切道に添つた部分)によつて被害車のような原動機自転車の行動の自由が制限され、後記段差の存在とも関連して本件事故が発生した旨主張し、これも又瑕疵にあたると主張するので、この点についても判断する。

〔証拠略〕によれば、昭和四二年頃本件踏切において四輪自動車が脱輪事故をおこしたので、当時から第四種踏切には四輪自動車を通行させないようにするという動きがあつたことも手伝つて、被告会社では、一つには四輪自動車の通行禁止のために虎柵を設置したこと、それと同時に本件踏切は地道に通じ目立たない位置にあるため通行者および電車運転者に対し踏切の位置を明示し、かつ通行者に対しては踏切手前において列車を確認し、列車の通過待ちをすべき安全の限界を知らせる目的で本件虎柵を設置したことが認められ右認定に反する証拠はない。

そして前認定の本件踏切の構造に照すと、本件虎柵が右の目的を達するために効果をあげていることは明らかで、もし虎柵がなければ四輪自動車も強いて通行する虞れがあるから通行上かえつて危険であり、また、軌道に対して直角な部分の虎柵は、これがあることにより停止位置の左右の限界を明確にしているのみならず、前記認定のとおり北側虎柵のある部分は一段低くなつているため虎柵がないと転落の危険があると認められ、結局虎柵の存在は専ら本件踏切の通行の安全に寄与しているものと認められ、交通の危険を招来するものとは認められないから、虎柵の設置に瑕疵ありとする原告の主張は理由がない。

(三) 段差の存在による瑕疵

本件踏切の敷石面と道路面の間に約一〇糎の段差が存していたことは前記認定のとおりである。そして、原告らは被害車が右段差のため後輪をとられる等してこれが原因となつて本件事故に至つたというのであるが、右主張を認めるに足りる証拠はなく、前記被害車のタイヤによる擦過痕の存在と加害電車の速度、衝突までの進行距離、被害車の衝突までの進行距離から算出される被害車の衝突までの平均速度(加害車は時速四五粁で一五・七米進行、その間、被害車は二・一米進行、従つて被害車の平均速度は時速六粁強となる。)を考慮に入れてもなお、原告ら主張のような推論を首骨するに足りない。

また、前掲各証拠によれば踏切通行者にとつて本件段差の存在は明確で、通常の注意を払つて通行する限り、歩行者が段差により転倒することは勿論、原動機付自転車の場合でも容易に車輪をとられるようなことはないと認められるから、段差の存在をもつて本件踏切が通行上危険な踏切であるとはいえない。(軌条面と道路面に高低のないことは軌道建設規程の趣旨にそうものであり、高低がなければより妥当であることはいうまでもないが、高低のあることが直ちに通常の安全性を欠いた危険な踏切ということにはならない。)

以上のとおり、原告ら主張の瑕疵はいずれも理由がなく、本件全証拠によるも本件踏切の設置、保存につき他に瑕疵の存在することも認められず、本件事故は亡義明が踏切手前で一旦停止をせず、左右の安全を確認しないで本件踏切に進入した専らの過失により発生したものと認められるから、結局原告らの本件踏切の設置、保存の瑕疵を理由とする本訴請求は理由がない。

第三結論

よつて、原告らの本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 小田泰機 菅英昇)

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